新婚1ヶ月で「なぁ、農業しないか」という夫と二人だからこそできた移住就農

四国の最西に位置する佐田岬半島は、九州へ向かって突き出した「日本一細長い半島」として知られています。瀬戸内海と宇和海に挟まれた山々が連なった地形は、ダイナミックな自然が残り、景色に圧倒されます。山間には柑橘の段々畑が広がり、温暖で豊かな自然の中で数多くの品種が大切に育てられています。

大久保玲香さんは2018年4月に伊方町地域おこし協力隊の農業振興ミッションで着任し、夫婦で三重県鈴鹿市より移住。協力隊卒業後の現在は大江地区でOKUBO FARMを営み10種類の柑橘を栽培しています。

10種類の柑橘がたわわに実ります

めぐり逢えた理想の園地と農家という仕事

Q大江地区を選んだ理由を教えてください。


移住前に農業体験として愛媛を訪れ、八幡浜市と伊方町の集落を1週間ずつ6か所で経験したのですが、一番最初に訪れたのが大江地区でした。海がとても近くて、柑橘山も集落の中にあり、夫婦が思い描いていた理想の移住先にぴったりとあてはまる風景でした。「インスピレーションで即決せずに、いろいろ巡ってから判断しなさい」と役場やJAの担当者から忠告されるほど気に入ってしまったのです。
大江地区内にある3軒の農家さんのお手伝いをさせてもらいながら、生活環境などを教えてもらいました。40戸ほどの集落に店はなく、コンビニまでは車で30分。移住してからも「なんで大江なん?」と地元の方に問われるような不便な場所でしたが、地区では多品目の柑橘を栽培しており、雪などが降った場合にリスク分散ができること、園地の傾斜が比較的なだらかであるため、農業初心者でもできるのではないかという可能性がわかりました。それに加えて、大江の方の人柄がとても温厚で「ヒジキを持って帰るか?」とお土産に持たせてくれたことも心温まった思い出です。

Q一日の生活や仕事の流れを教えてください。

6:00起床
8:00作業開始
11:30家に帰り昼食、休憩
13:00作業
17:00帰宅
18:30夕食と自由時間
22:00就寝
というのが1日の大体の流れです。朝はまず倉庫へ行き、準備をしてから園地へと向かいますが、一番遠い園地へ行くのに10分もかかりません。
収穫期は想像以上に忙しく、17:00頃に倉庫へ戻ってから選果作業を行うので、帰宅が21:00頃になることもあります。移住前は夜勤もあるような職場だったのですが、今はしっかり夜に休息をとっています。

農家というのは完全な休日が少ないので、あまり遠くへ出かけたりはできませんが、最近は高知へカツオを食べに行きました。
今の時代だからこそかもしれませんが、各地に散らばっている友達とZOOMでおしゃべりすることも息抜きの一つです。

Q愛媛県内や県外の農業女子との繋がりはありますか?


愛媛県内では「一次産業女子ネットワーク・さくらひめ」という組織があり、InstagramやFacebookで似たような年代の方たちと繋がり、悩みや販売方法などを相談をすることもできます。
県外のつながりではSNSで知り合った方とお互いの生産品を物々交換することもあります。
仕事内容がそれぞれ特殊なので、夏場は何してるの?という素朴な疑問から、肥料の使い方などの共通した話題もあり、それが解決のヒントになることも。ある農家さんは、耕作放棄地を借り入れて、空き家と空き地の両方を管理しており、農業をしたいという移住希望者がきた時にすぐに対応できるように準備されていたり。地域みんなで考えなくてはならない問題が農業には山積みです。伊方町は高齢化が進み、自分たちが移住したときと比べて、少しずつ元気がなくなっている悲しい現実を感じているため、大江地区でも状況が良ければ、園地を借りて、新しい人に任したり雇ったりという方向にしないと地域が存続しないのではないかと危惧しています。

Q協力隊期間と今の生活を比べて変化があったこと、良い点悪い点などを教えてください。


協力隊期間中はお給料があるので、月々の収入が安定していました。しかし平日は協力隊活動、休日は農作業と仕事に追われ、実質的に休日がありませんでした。
農家になった今は、仕事の内容によって時間を自由に使えるのは良いです。毎日夫婦一緒に仕事をするのはいい時も悪い時もありますが、お互いの雰囲気が悪い時に地域の人が空気を変えてくれることもあります。

大久保さんの拠点である大江地区

毎日農業記録賞(主催:毎日新聞社)で最高賞を受賞!

入籍1カ月後に夫の聡俊(さとし)さんから「農業がしたい」と青天の霹靂とも言える人生の提案を受けた玲香さん。驚きはしたものの、持ち前の楽天家な性格も作用して「面白そう!」と夫よりも積極的にネット検索をしたそうです。当初は三重県内での就農を考えていましたが、テレビ番組に映る同世代ほどの移住夫婦を見たことをきっかけに、県内にこだわらず理想の移住先、就農先を求めるようになり、愛媛移住に繋がりました。移住前から就農までの5年間の振り返りをまとめた記録が毎日農業記録賞の一般部門の最高賞にあたる中央審査委員長賞、農林水産大臣賞、新規就農大賞を受賞しました。

Q農業未経験者の方で農業に興味のある方にアドバイスや、知るとよかった情報があれば教えてください。

今振り返ると、夫婦両方ともがぶっ飛んでいた気もします。でもきっと二人じゃないとできなかったことだと思います。

女性単独での就農は受け入れ先も少なく限られていますが、男性単独でも移住就農は難しいと言われています。出産などの人生設計を心配されることが多くあります。
就農するために活用できる補助金や制度があるのかを調べること、情報にアンテナを張っておくのは大事ですね。独立就農だけが就農ではなく、雇用就農という手段もあります。特に女性単独での就農は体力的に難しいと言われがちですが、雇用就農を経験してから独立を考えるのもいいかと思います。まずはOKUBO FARMで働いてみませんか?(笑)
農業も簡単なものではないので、投げ出したくなることもあるけど、愛媛で出会う人たちはとても素敵な方ばかりです。いろんな意味でがんばれ!

一次産業女子ネットワーク・さくらひめ

段々畑から届け!だんだんの気持ち

Q田舎の暮らしを続けられるコツや秘訣はなんでしょう?


どんな状況も楽しむこと!あとは地域のコミュニティに入っていくこと、一人だと不安いっぱいの田舎暮らしでも、コミュニティに入っていれば、地域の方がとても心強い応援団になってくださいます。誘われた行事などには顔をだしたり、週に1回のバレーボールの練習に参加したりしています。
農業は他の方と会わない日も多いので、スポーツ練習はコミュニケーションが取れる楽しみな日になっています。


Q今後の夢や野望をこっそり教えてください。


夢はNHK朝ドラのモデルになること。タイトルは「だんだん」です。海に向かって広がる「段々畑」と愛媛の方言で「ありがとう」のダブルミーニングです(笑)。

夫婦で育てる「だんだん」の気持ち
大江地区に沈む美しい夕日