「戻りたくなる場所」を、大好きな島で育てます。

地域おこし協力隊 宇和島市九島地区 水野裕之さん

1991年千葉県市原市生まれ。千葉工業大学デザイン科学科で学んだのち、星野リゾートに就職し、河口湖の宿泊施設のオープニングに関わるなど4年半を経て2018年、宇和島市・九島の地域おこし協力隊に。2020年、飲食店「nicco」をオープン。

JR宇和島駅から車で15分。「九島大橋」を渡ってたどり着く、「九島(くしま)」。この、周囲12kmの小さな島で地域おこし協力隊として活動しながら、飲食店「nicco」を営むのが、千葉県出身の水野裕之さんです。

故郷以外に、「帰りたい場所」ができる。

裕之さんは高校時代から、料理好きで料理人を志望していましたが、「それ一本に腹をくくりきれず」、千葉工業大学のデザイン科学科に進学します。大学に通いながら飲食店のアルバイトで料理の腕を磨いていきました。

就職したのは、洗練されたホスピタリティで宿泊の価値を付ける「星野リゾート」。

「入社説明のときにいろんな経験ができると聞き、将来、じぶんのお店を持つために必要な力が付くかもと選びました」

入社してから、沖縄県の小浜島、福島、京都、河口湖近辺と、各地で過ごすなか、やりたいお店のコンセプトが少しずつ頭に描かれていきます。

「その土地のおいしいものを食べるだけではなく、お店という空間で、そこにいるお客さん同士で交流が生まれる。そんな思い出が積み重なって、故郷以外に『帰りたい場所』がひとつ、ふたつと増えていく。それがすごくじぶんを豊かにするのだ、と感じました。飲食店をするとき、食べるだけではなく、また来たいと思えるような場所にしたい、という想いも強くなりましたね」

お店をやるなら「ここだ」と直感する。

その間、沖縄勤務で出逢った女性と結婚。妻の母方の実家が、ここ九島でした。訪れてみると、人懐っこく、温かい島の雰囲気を気に入ります。部類の魚好きで、宇和海の魚のおいしさにも惹かれ、「やりたいことがここならできそう」とひらめきます。

その後、息子さんも授かり、家族のこと、開業のことを考えていた頃、九島で地域おこし協力隊を募集しているのを耳にした裕之さん。「飲食店をこの島で開くまでに、地域のことを知り、食べ物の生産者と信頼関係を築いた上で開業できるかもしれない」と応募しました。

2018年、家族3人で島に移住。飲食店も宿泊施設もない島の「観光」をミッションに、協力隊の活動がはじまりました。

あるものに、価値をつける。

星野リゾートに勤めていた頃、アクティビティを企画、運営した経験が生きます。島の風土と島民に触れるなかで、一過性のイベントではなく、島の日常を体験し、島とつながりを深めるプランづくりに取り組みます。

なかでも力を入れたのが、3日間通いつめる味噌づくり体験。裕之さんがリードするのではなく、島の「おばあちゃん」からアイデアとやる気を引き出し、プランを練ります。開くだけではなく、アンケートの分析を含め、「おばあちゃん」といっしょに振り返りも行い、主宰する側、参加する側の双方の満足度を引き上げていきました。

「最初はぼくのやることに不審がっていたおばあちゃんも、いまでは、『来年もやろう』と向こうから声をかけてくれるまでになりました。新しい企画も提案してくれるんです」

だれにとっても温かな場所であること。

島民を巻き込みながら、多彩なイベントを打ち上げると同時に、自身の店づくりも進めていきました。2020年、空き家を改修して飲食店「nicco」をオープン。現在は週3日営業し、地のものを取り入れ、裕之さんの腕を生かした料理のおいしさ、居心地の良さから、早くも評判になっています。

「このniccoをベースに、お客さんと産地に足を運び、手にした食材をniccoで食べたり、レンタサイクルと軽食販売をセットにしたり、と島の資源を生かしたいろんなアクティビティを発信していきたいです」

「ニッコニコ」、ここに来たら笑顔になってほしい。「日光」、太陽のような温かい場所になりたい。店名にはそんな意味を込めています。島民にとっても島外のひとにとっても、だれもが笑顔で戻ってきたくなる場所をめざして、裕之さんは、ゆっくりと育てていきます。