<ゲストハウスのひと file.1>半島の伝統文化とたくましい人たちを、世界へ伝える。

二名津 わが家亭
橋田豊代さん

暮らしている地域の魅力を伝えたい―。ゲストハウスを営むひとたちには、そんな共通の想いがある。地域の顔になり内と外をつなぐ彼らが、地域とめぐりあうまでのこと、地域に根を張り、宿をはじめるまでのこと、はじめてからのこと。ここ愛媛で、それぞれの個性が光るゲストハウスのひとと、ものがたりを紹介しよう。

広島から移住し、愛媛県西部にある佐田岬半島でゲストハウス「二名津 わが家亭」の女将を務める橋田豊代さん。半島で受け継がれる伝統の「裂織り」(さきおり)に魅了されて移住し、その背景にある半島の生きる知恵や、たくましい人たちにも惹かれていった。ゲストハウスを足がかりに、“惹かれたもの”を外へと発信する彼女の、これまでとこれからのものがたり。

裂織りを見たくて、伊方町と出会う。

目を奪うほどの壮大な海原に細長く突きだした、愛媛県伊方町の佐田岬半島。岬の先端をめざす国道からすこし脇道に入ったところに二名津(ふたなづ)地区はある。狭い小道や神社、商店が集まった小さな集落で、ゲストハウス「二名津 わが家亭」に暮らし、“女将”(おかみ)として地域と“外”をむすぶのが橋田豊代さんだ。

橋田さんと伊方町との出会いは、2018年。広島に住んでいた当時、佐田岬半島の伝統文化「裂織り(さきおり)」をひと目見たくて、裂織り体験施設「オリコの里 コットン」を訪ねた。高校まで愛媛県内に住んでいたものの、それまで伊方町に来たことはなかったという。

「国道197号から見える宇和海や半島の美しさ、『オリコの里』の古い木造の佇まいや、織り機がずらっと並ぶ光景にグッと惹かれました。何より心を奪われたのが、裂織りです。工場で薬品などを使うのではなく、使わなくなった布を指先の力だけで割いてリサイクルする。しかも割く前の布よりも頑丈になって生まれ変わるという技法に、人生観が変わるぐらいの衝撃を覚えたんです」

裂織りは、割いた布を緯(よこ)糸にして織る

風の強い半島の厳しい寒さから身を守るために生まれた、裂織り。この、暮らしと知恵の産物に関わりたい――。ふくらむ想いを成就するために思いついたのが、地域の活動をする国の制度「地域おこし協力隊」だった。滞在4時間の弾丸旅から1週間後、「伊方町の協力隊になって裂織りの仕事をしたい」と、町役場に電話で直談判をした。

人一倍の行動力で、いまの場所にたどりつく。

みずからたぐり寄せた、裂織りの縁。ここへたどりつくまでの道のりも、随所に持ち前の行動力が発揮され、実に多彩だ。父親の仕事の関係で、イギリスの古都・エジンバラ市に生まれ、2歳まで過ごした。その後は両親の故郷・愛媛県宇和島市で高校まで暮らし、広島大学へ進学。大学4年のとき、「世界を見てみたい」と休学し、アルバイトで1年間貯めた資金を手に、世界遺産をめぐる世界一周の旅に出た。

「最初は名だたる遺跡に感動したのですが、そのうち目が慣れてしまって、ただの石に見えてきたんです(笑)。強く惹きつけられたのは、食を中心としたその土地ならではの日常の風景でした」

旅先で出会った食にまつわる風景を、イラストでつづった「oishi diary」

帰国後は、大学を卒業し、広島の輸入食品店に就職した。8年間「食」に関わった後、結婚し、退職する。「英語を話せるようになりたい」というパートナーのために始めたのが、海外客向けの民泊だった。「留学したいというので、だったら英語を話す環境を自宅につくればいいと思って」。Airbnbもまだ認知されておらず、広島でたった二つしかなかったゲストハウスは、手料理を一緒に囲むホームステイ型で人気を集め、宿を閉じるまでの2年間、高い評価を獲得しつづけた。

「この経験で得たものは大きいです。旅したときは質問する英語でしたが、オーナーになると質問に答える英語になる。たくさんのボキャブラリーが必要になりますし、いろんな背景を知っていないと答えることはできません。語学力がぐんとあがりましたね」

その後、次の仕事に選んだのが広島の地場産業である針の会社。輸出に強かった工業用手芸針の会社で販売企画に配属されたことで、国内外の手芸作家とやりとりしたり、針の開発に関わったりするうちに手仕事が好きだと気づいた。もっと言えば、その地域の伝統や、風土が息づく手仕事が好き。そう自覚したからこそ、遠く離れた裂織りの里へと足を伸ばすことになる。

半島の僻地へ。深まるつながりとものがたり。

2018年、40歳で伊方町の地域おこし協力隊になった。着任早々に、地方銀行のビジネスコンテストに裂織りの地方創生プランで応募し、伝統産業奨励賞を受賞。愛媛代表として四国大会に出場するという上々のすべりだしを切る。このときすでに、体験型のインバウンド事業も視野に入れていた。プランを現実にするなかで仲間が必要だと痛感した橋田さんは、織り子を育てる「裂織りラボ」を定期的に開き、地道に裾野を広げていった。それと同時に、“伝統を残す”とは何か、という本質的な問いに向き合っていく。

「裂織りの伝統を残すというのは、単に、コースターなどの小さな商品を作って売るだけではなく、古いものを裂くという価値そのものを伝えることではないかと思うようになりました。織るだけの作業ではなく、それぞれの思い出がある布と向き合い、裂くことから体験してもらいたい。そのためにはどうしても時間がかかるため、気軽に滞在する場所が必要でした」

協力隊の任期は最大3年。その間に“自活”の道を探さなければいけない。すでに、裂織りとゲストハウスの両輪でいくことに決めていた活動2年目、熱心な地域づくりで注目していた二名津地区から、活動の拠点「二名津 わが家亭」を宿泊施設にしたいというオファーが橋田さんの元に届く。古民家に誰かが住めば「民泊」扱いとなり、認可を得やすくなるという。橋田さんは手を挙げた。

「別の地域で同じような古民家の候補もあったのですが、改修するには多くの資金と人の助けが必要です。もともと人と人とのつながりが濃く、協力的な二名津なら、わたし自身がやりたいことを現実しやすいのではないかと思ったんです」

とはいえ、二名津は伊方町の中心地から車で30キロほど離れた場所。風が強い半島の、さらに風が厳しいエリアだ。もちろんコンビニはなく、夜は闇に包まれる。「大きな古民家に女性一人で暮らすのも、地域の人たちからとても心配されました。ただ、世界を旅して思ったのは、そこに暮らす人がいる限り、どこでも生きていけるということです」。橋田さんは、そう軽やかに言葉を放つ。

橋田さん自ら補助金の申請に動き、改修にかかる資金を調達し、2019年夏、住まい兼ゲストハウスの改修ははじまった。大工、左官、電気工事と必要な人材はすべて集落でそろったという。そうして3か月後にオープンした「二名津 わが家亭」は、今が風びする古民家リノベーションとは一線を画し、建築当時のうつくしさとしつらえを最大限に残す。時間が積み上がったことで生まれる建物の歪みが、風によってカタカタと音を立てる。この音さえも消すのではなくあえて、残した。

「すべてをきれいに整えたら、他と比較されます。持っている味や個性を残すから、ここだけの価値が生まれるんです。とはいえ、改修作業をしてくれた大工や左官のおっちゃんたちは、よかれと思って古いものをきれいにしようとするから、“してもらうこと”よりも“しないでもらうこと”の方がむずかしかったですね(笑)」

ゲストハウスの改修作業をする二名津の人たち(橋田さん提供)
寝室のふすまも残した。年代物のデザインが味と新鮮さを生む
置かれた小物一つひとつに橋田さんのセンスの良さが表れる

ゲストハウスの運営には、地元N P Oの理事を筆頭に20人ほどが協力し、順番制で宿の手入れや掃除を行う。橋田さんは女将として、地域と二人三脚で宿を切り盛りする。ゲストを迎える上で大切にするのは、地域の人たちが名付けた「わが家亭」という屋号に込められた思いだ。

「利用する人みんなにとって『ただいま』と言って帰るようなわが家のような場所にしたい。魚を釣ってさばいたり、地元の人と濃密なお茶時間を過ごしたり、この宿をベースにどっぷりと二名津の良さを味わってほしいですね。うっとうしいぐらいに人間味のある人たちにぜひ出会ってほしいんです。本当にかわいいいんですよ」。そう言って橋田さんは、ふたまわり以上の地元の人たちを愛おしむ。

女将をしながら、事業の才とこれまでのスキルを活かして、裂織りを核にした地域事業も進める。ゲストハウスから徒歩1分の距離にある「おへや」と呼ばれた名家の“隠居部屋”を、裂織り工房「をへや」として“再生”。 庭にサウナを設置し、作業に疲れた心身をほぐすという心憎い仕掛けを予定している。サウナオーナーの権利を一口1万円で募り、クチコミだけで枠が埋まった。裂織りをボーダレスに広めていくため、インバウンドに積極的に目を向け、裂織りについてウェブ上で英文の書籍をつくることにも挑んでいる。

裂織りでつくったテディベア。手芸作家とのつながりを生かした

地域の人たちのポテンシャルの高さも伝えたい。

広島から伊方町に移住してきて感じた、地域の人たちのたくましさや生きる知恵のすばらしさ。さらに僻地に暮らしの拠点が移ったことで、より濃い人と人とのつながりや、暮らす人たちのたくましさや知恵に日々、ふれることになる。「網をつくったり、小屋をつくったり、地域の人たちは本当に何でもできるんです。一人ひとりの生きる上でのポテンシャルがすごく高い。ただ、次の世代にこの力が残るかといえばきっとそうじゃない。裂織りだけではなく、地域そのものを伝えていきたいですね」

リスペクトする二名津の人たちや風土に、あたらしいもの・ことを織りなし、わが家のようなゲストハウスから、地域と裂織りの魅力を世界へと伝えていく。

取材・写真・文 / ハタノエリ