<ゲストハウスのひと file.2>自然あふれる愛南町で、ゲストハウスの可能性を拓く。

カイタク舎
森 裕之さん

神奈川県横浜市に生まれ育ち、高校時代の教諭の影響で高い志を持ち、国会議員秘書、横浜市議と政界でキャリアを積んできた森裕之さん。今、愛媛県愛南町で、農仕事や狩猟をはじめ、里山暮らしを過ごしながら、ゆたかな自然体験を味わってほしいと体験型のゲストハウスを営む。かつても今も変わらない志で生きる森さんの熱い、厚いものがたり。

先生との出会いで、目と心がひらく。

愛媛県の最南端に位置し、高知県と隣り合う愛南町。ゆたかな森と、森が育む清水と、清水がたどり着く絶景の海に恵まれたまちで、ゲストハウス「カイタク舎」を営むのが森裕之さんだ。

広大な敷地の平家はもともと、建設会社の社長宅。空き家を改装してできた「カイタク舎」は、建設会社へのオマージュも込めた屋号。自分と地域、そして社会を“開拓”していきたいという森さんの志を写す。

カイタク舎の外観。向かいには建設会社跡地で稼働するジビエ工場がある

森さんは高校時代、“人生の師”となる担任の教諭と出会い、社会、世界へと目が開かれていった。「学校の授業で、海外から講師を呼んで貧困や開発の問題をリアルに学びました。今や国際協力の国内第一人者になった先生の、行動力や考え方といった人柄にすごく惹かれたのです」

高校を卒業後は、拓殖大学政経学部経済学科へ進学。インドネシアをはじめ、観光を通した地域開発を研究した。進学した大学院では、インドネシア初の民主総選挙の選挙監視団など、国際協力に関わっていく。

「発展途上国や貧困の問題を目の当たりにし、考えたとき、それは世界を動かす先進国の課題であり、一人一人の意識を変え、社会を変えていく必要があると感じたんです」

正義感が強く、物事と真っ直ぐに向き合う森さん。「社会を変えるにはまず、政治を変えるのが近道かもしれない」と、国会議員の公設秘書になり、国会や選挙区を駆け回った。その多くが議会で質問して終わりというパフォーマンス政治の現実を知るうちに、「地域に入り込み、住民の要望をすくいとって、それをきちんと市政に反映したい」という想いが膨らむ。そうして30代初めに挑んだのが、生まれ育った横浜市の市議選。地元ではない選挙区から党公認を受けて、立った。

愛南町に暮らし、冬でも日焼けしている森さん(撮影/近藤信也)

秘書時代、通勤の人波に向かって演説を打つ「辻立ち」も多く経験した森さんは、聴衆を惹き込む話力と新鮮さで、初挑戦にして見事に当選。地域の人たちと、地域の問題について一緒に考える機会を設け、課題や問題を政策にフィードバックするという議員本来の役割を着実に果たしていった。

「特に思い入れがあるのは、子ども・地域の安全を守るために、通学路を歩いて危険箇所をマップに落とし込み、議会で発言し、行政が動いて改善に向かったことです。市民の皆さんの反響がすごくて。子どもたちが『森さん、応援しています!』と声を掛けてくれたのはうれしかったなあ」

市議を二期重ね、幅広い支持を集めた森さんだったが、政局に翻弄される形で、三度目、四度目の選挙で“惜敗”を喫する。抜け殻のようになった森さんに、「横浜だけが活躍する場所ではないのでは?」とアドバイスをしたのは、愛媛県東温市出身の父親だった。

政治の世界から地域へ。移住という人生の選択。

実は森さん、ゆたかな自然環境に身を置き、古民家で暮らしたいという「里山暮らし」の夢も持っていた。40年以上を過ごした横浜市を離れ、2015年、父の生まれ故郷の東温市へと移住した。

新天地を知るため、集落の「目配り役」をする自治体の「集落支援員」になった。ところが、駅そばのマンションで暮らしていたのもあって、「横浜の郊外に住んでいるような感じでした」。そこで森さんは、集落支援で各地を回りながら、東温市内で、理想の里山と物件を探し続けた。

転機は、支援員2年目。愛南町から、「地域おこし協力隊を採用したいので、協力隊について教えてほしい」と講師役に招かれたこと。森さん自身、東温市の協力隊の受け入れ態勢をバックアップし、支援員としての役目は終えたかな、と考えていたタイミングだった。

森さんを愛南町の地域おこし協力隊になってと口説いた中心人物、「まるごと緑」の木村さん(左)

東温市から高速道路で片道2時間の愛南町へ。初めて訪れた愛媛最南端の地は、思い描く里山に近かったという。

「人が温かく、つながりが濃い。資源にあふれ、しかも自然を活かせる土壌がある。自分がやりたいことをできるんじゃないか、と可能性を感じました」

愛南町の協力隊が決まらない中、地元の市民団体「まるごと緑」のメンバーから「森さんが協力隊になって」と、“スカウト”を受ける。まさに、渡りに船。2017年、ふたたび愛南町へ移住。それから3年間、協力隊として移住対策や地域資源の掘り起こしなど、まちづくりの活動に奔走した。

地域の魅力を知る、体験型ゲストハウスをつくる。

海、山、川とさまざまな自然体験ができる絶好の環境を持つ、愛南町。「体験型の宿泊施設が一つもない」という課題がもともとあった。そこに、森さん個人の、「自分の活動の拠点になる場所をつくりたい」という目標が重なり、移住後すぐに体験型ゲストハウスの実現化へと動きだした。

ただ、物件探しは想像以上に難航し、緑地域の集落にある空き家を借りることができたのは協力隊3年目だった。そこから地域の人たちのサポートを受けながら、片付けや掃除がスタート。協力隊を卒業後は無収入になるため、アルバイト生活でしのぎながら、改修工事と事業計画を進めていった。

カイタク舎のリビング。そのほかの部屋も、室内の灯りや水墨画など、森さんのこだわり満載

こうして2021年8月、カイタク舎は愛南の日常を味わう「体験型ゲストハウス」として歩み始めた。「せっかくここまで来てくれたのに愛南町の豊かな自然を体験できないのはもったいない。観光のように一過性のものではなく、リピーターになってもらって本当のファンになってほしい。そうやって地域外から人を呼び込んで地域に関わっていく中で、人と経済の循環を生み出していくものにしたいんです。単なる宿泊施設ではなく、ここを拠点に、地域活性につながるようなゲストハウスになれば」と、森さんはその思いを語る。

海釣りや川の漁、農仕事など、いろんな自然体験がある中で、特に力を入れるのが狩猟に参加する「ジューガイツアー」。人にとっては害だけれど、それは一つの尊い命を奪うということ。「ジューガイ」とカタカナ表記をしたのにはそんな思いを込めている。狩猟免許を持つ森さんが、愛南町に来て狩猟を経験することで、命をいただき、その命によって自分が生かされていることを、身を持って感じたそうだ。「ツアーに参加することで、私が感じたようなものを体験して、何かを感じてほしい」と願う。

森に入りイノシシを探すジューガイツアーの様子(写真:メルカドデザイン)

森さんをスカウトした「まるごと緑」のメンバーたちは、仕事、暮らしと森さんをサポートしてくれる。猟師で漁師の木村会長をはじめ、メンバーから狩猟や海、川の漁などを学び、里山の暮らし方、生き方に少しずつなじんでいった。そうして愛南町に暮らし4年が過ぎた。

「最近はよく、森くん、野生化してきたねって言われます」。小さな四駆で車幅と変わらないぐらいの山道を走ることも、手際よく魚釣りの道具を整えることも、五感を研ぎ澄まして獣の気配を感じることも、ここに来て取得した“生きる力”だ。

「この前は山鳥をもらったので、毛をむしってさばいて食べました。以前の自分では考えられないこと。すごいことをやっているなって自分でも思いましたね(笑)いま、コロナ禍で次の生き方を模索している都市部の人も多いなか、ぼくが実践しているようなライフスタイルやワークスタイルもあるんだよというのを発信していきたいです」。愛南町の移住促進員でもある森さんは、こんな時勢だからこそ、愛南に生きる魅力を伝えていくのが自身の役目と感じている。

「まるごと緑」のメンバー。夫婦&子3人の片平一家も、千葉県から愛南町へ移住してきた

カイタク舎で、人づくりのカイタク塾。

そして、森さんはゲストハウスを舞台に、議員時代から続く「人づくり」というライフワークを本格始動させる。地域資源を生かした起業など、さまざまなテーマで講座を開く「カイタク塾」をはじめるという。

「高校時代の恩師の『社会を変える人材を育成する』という志を継いで、地域の担い手になってくれる人、次の時代を担う人を育てていきたい。地域の人たちだけではなく、移住を考えている方や若い学生さんにぜひ参加してほしいですね」

森さんの志や行動の根底には、「貧困のない、平和な世界は、一人一人の考え方、“幸せ”の先にある」という想いがある。

Think  Globaly  Act  Localy(シンクグローバリー、アクトローカリー)
地球規模で考え、足元から行動せよ。

政治の世界から、地域という“足元”へ行き着いた森さん。そこに生きる人と地域の幸せのための“開拓”が、同時にゲストハウスの可能性も拓いていく。

取材・撮影・文 / ハタノエリ

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