松野町地域おこし協力隊 佐藤巧さん
愛媛県の南西部、高知県境の山あいに佇む松野町。84%が森林で、国立公園滑床渓谷など豊かな自然に囲まれた町は「森の国」というキャッチフレーズで親しまれている。そんな松野町の6代目となる地域おこし協力隊のひとりが佐藤巧さんだ。
きっかけはえひめ国体
宮城県仙台市出身の巧さんはスポーツクライミングの選手だった。宮城県代表として2017年のえひめ国体で愛媛県を訪れたのが大きなきっかけになったという。
ウェルカム感のすごさや人の温かさが印象的だったことに加え、クライミング界では後発だったのに短期間でレベルがとても上がった愛媛県に興味もあり、愛媛県でクライミングを仕事にできないかと飛び込んでみる気になった。
「クライミングで仕事できませんかね?」
自然豊かな愛媛県と、自分のキャリアをかけ合わせて、クライミングで仕事ができないか、移住フェアに参加してしらみつぶしに聞いて回った。その中で「できるよ!」と答えてくれたのが松野町だった。資源の豊かな森の国は未開拓のエリアが多く伸びしろを感じた。クライミングで観光振興!そんな青写真が見えてきた。
ゼロからのスタート
しかし着任後、巧さんを待っていたのはゼロからのスタートだった。クライマーだった自分の予想以上に、というか想像もつかないくらい、山里に暮らす方々はクライミングを知らなかった。巧さんはクライミングフィールドを開発し、外からクライマーの誘客をするだけでなく、この町にはフィールドがあって、クライマーがたくさんやってくるんだという地元の認識やそういった機運の醸成も並行しておこなっていく必要があると感じたという。
まず、フィールドの開発について、巧さんは国立公園に目を付けた。国立公園内であれば土地の所有者は国、所有者を調べてそれぞれ交渉する必要がない。とは言え、どこに許可を得て誰に相談しながら進めていくのか、ノウハウのなかった巧さんは、全て一から調べていくことにした。その結果、国有地を法律で管理している森林事務所に許可を得ること、国立公園内のことはレンジャー(自然保護官)さんに相談していけばいいことがわかり、それらを経て滑床渓谷にクライミングフィールドを開発していくことを計画していく。理由はもうひとつあった。ここを四国初の国立公園内フィールドにするためだ。
「やっぱり2番目は記憶に残らないんですよ。初の○○じゃないと。」
これは第一線で活躍したアスリートだからなのか、心の奥にある「1番」への強いこだわりを巧さんから感じた。
フィールドの開発
巧さんが最初に取り組んだのはクライミングフィールドの開発だ。数あるクライミングのジャンルの中から、ボルダリング(5m以下程度の岩をロープなどを一切使わず、自分の身体だけで登るもっともシンプルなフリークライミング)を選び、滑床渓谷を散策しながらボルダリングに適した岩を探し始めた。そしてめぼしい岩がみつかったら次はコケを取る作業。渓谷の岩の表面はみなコケがびっしりと生えている。そのままでは滑って登れないのでコケを剥がしていくのだが、そこは国立公園内、指定植物は取れないし、周りの景観に配慮して丸裸にならないように、登るラインに沿って手や足をかける箇所だけのコケを手作業で取っていくという、実に地道で気を遣う作業である。
ご縁からの仲間
巧さんは今年から宇和島山岳会に入会した。元々は自身のトレーニングのため隣の宇和島市のスポーツ交流センターに通い始めたのだが、そこにインストラクターとして出入りしていた宇和島山岳会の方々とご縁がつながった。
コケを落としたフィールドの次の作業は「試登」。読んで字のごとく実際に試し登りを何度も繰り返し難易度や危険性を検証する作業だが、これは当然危険と隣り合わせにもなるので独りだけで行うわけにはいかない。山岳会のクライマーにも協力してもらったお陰で試登作業も順調に進んだ。
フィールドのPR
クライマーは「トポ」と呼ばれるガイドブックを元にフィールドにやってくる。今の巧さんはフィールド開発の次の作業、トポ作りの大詰めだ。トポには、駐車場やフィールドまでのアプローチ、登るラインなどに加え、その地域ならではのローカルルールなども記載されている。地域に迷惑をかけないためのルールブック的な要素もある。さらに観光情報なども盛り込み、完成度を上げていきたいと思っている。
やっとオモテに出ていける!
着任から1年以上をかけてフィールドの開発とトポ作りを粛々と進めてきた巧さん。これらはある種「部外秘」でおこなう必要があったと言う。クライマーに危険がないようなフィールド作り、地域に迷惑かけないためのルールブック、この両方が準備できる前にフィールド候補地が見つかると時として勝手にクライマーがやってきて荒らされてしまうことがあるそうだ。なので今まではどこでどんなことしているのかをあまり発信できずにいた。
「他の協力隊が活動をPRしたり発信してるのが羨ましかった。これからはやっと自分もオモテに出ていけるって感じです!」
クライミングの裾野を広げたい
もうひとつ、巧さんが取り組んでいること。それは地元のクライミングに対する機運を高めていくことだ。渓谷でのボルダリングは危険も伴うので上級者をターゲットとしている。そのため、安全・簡単なインドアでのクライミング体験会を地元で開催し、よりたくさんの「知ってもらう機会」を作っていきたいと思っている。クライミングの楽しさやアウトドアフィールドとしての地域の魅力に気付いてもらえるように。
追い風が吹いている
コロナ禍での着任からここまで、世間的にもなかなか人に来てもらう機会を得にくい状況が続いてきたが、その間に縁の下の準備をじっくりと進めることができた。任期の後半ではツアーやイベントをどんどん打ってPRをしていきたい。南予きずな博の事実上の延期も逆にタイミングが合ったと言えるだろう。
「もし仮に自分がいなくなっても、もうこの企画はつぶれない。そこまで持ってこられたと思います。」
そう語る巧さんの目には、ゼロからのスタートを乗り越えてきた自信がみなぎっていた。クライミング文化をますます高め、森の国松野町をアウトドアのメッカとできるよう、残りの任期を登り切る準備はできている。
松野町地域おこし協力隊ホームページ
https://www.town.matsuno.ehime.jp/site/akiya/6997.html
松野町地域おこし協力隊facebookページ
https://www.facebook.com/ehime.matsuno.30/
佐藤巧さんinstagram
https://www.instagram.com/takumi_8673/