東温市 地域おこし協力隊OB 森田将史さん
愛媛県の中央に位置する東温市は、石鎚山系の清らかな水や豊かな土壌を活かしたおいしい米や麦などの生産が盛んである。地域ごとに集落が点在し、各所に里山の暮らしの風景が広がっている。一方で、県都松山市に隣接し、街なかの便利さと田舎の自然豊かさが混在している都市近郊田園都市である。このまちで、地域おこし協力隊として任期を満了し、地域と関わりながら定住しているのが森田将史さんだ。
一からの「地域づくり」に惹かれて
京都出身の森田さんは、東日本大震災をきっかけに会社勤めを辞め、被災地でのボランティア活動をおこなった。大学時代に阪神淡路大震災で友人を亡くしていたことも後押ししたという。当時、ボランティアセンターで、「こういった活動に興味があるなら」と教えてもらったのが地域おこし協力隊の制度だった。
その後、北海道で地域おこし協力隊としての活動をはじめたが、父親の体調が悪くなったことが原因でやむを得ず2年で退任し、一度は地元へ戻った。しかし、地域づくりへの強い思いは冷めず、両親の出身地である愛媛県の地域おこし協力隊の説明会に参加し、東温市と出会う。2016年、再び地域おこし協力隊として奥松瀬川地区に移住した。
地域住民による、地域住民のための場所づくり
協力隊制度導入の初年度であった東温市は、市内4つの中山間地域に1名ずつ協力隊を配置した。「何もないからこそ、何でもできる可能性がある」と思いこの地域を選んだという森田さん。奥松瀬川地区は、ほかに比べて観光名所はなく、耕作放棄地がたくさんあり、地域づくりに関してはいちばん進んでいないという印象だった。
活動拠点となったのは、その立ち上げから関わっている交流拠点「ほっこり奥松」だ。着任初年度の2016年10月より、廃屋となっていた古民家の解体から建設までを住民と協力しておこない、2017年3月に完成。まずは地域住民をメインのお客さまとして、住民の声に基づいた地域の場所づくりをおこなった。
現在は、地元の野菜や手芸品、焼きたてパンの販売、ピザ窯で焼くピザ作り体験まで、住民主体でさまざまな活動が実施されている。
ほっこり奥松スタッフ今井さんと利用者の森さん
「森田さんは、来られた当初から本当に働き者でいい人な印象です。
こうして憩いの場ができてよかった。いつもほっこりさせてもらってます。
最近では、地区外からもたくさん来てくださり、手作りパン販売も予約でほとんど売れてしまうときもあります。」
新しくできた拠点では、放置されていた地域資源である「竹林」を利用して門松などの商品開発もおこない、地域内外の交流を生みながら地域課題の解決にも取り組んだ。また、ほっこり奥松から5分ほど山道をあがった先に、耕作放棄地を利用した交流農園「ぽんぽこ農園」を開設。手ぶらで通えるという便利さもあり、地域外からの利用者も順調に増えている。
地域事業の事務局として、施設のマネージャー業務をおこないながら、事業の実施・運営までプレイヤーとしても幅広く活動してきた森田さん。みんなが苦手なことをすべて引き受けるつもりで活動したという。
森田隊員
「ほっこり奥松にこんな風に人が集まるのが当たり前になったことはよかったです。目に見えないので説明しようはないけれど、地域の雰囲気は大きく変わったと思います。
拠点ができる前、公民館で話しているときは女性が遠慮している印象があったんです。ほっこり奥松ができてからは、意図的に女性陣の意見を取り入れました。雑談のように出てきたアイデアを具体的に実現させるよう意識していましたね。」
奥松瀬川区長 渡部光右衛さん
「いい意味で泥臭く、情熱のある方だという印象でしたが、最初はここまで器用にやってくれるとは思わなかったです(笑)けど、森田くんはこの地域が持っていなかった部分をたくさん補ってくれました。
ほっこり奥松ができてからは、女性の意見がよく反映されるようになりました。この場所での各教室やぽんぽこ農園を通じた利用者同士の繋がり、地域の協力者も増えています。」
東温市役所 桑原和宏さん
「正直、森田さんには頭が上がらないです。相手の立場に立って物事を考えることのできる方だと思います。
行政の立場も、地域住民の立場も理解して、そこをうまく調整してくれる。
ほかの同期の隊員にとっても兄貴的な立場になってくれて、行政担当者としてはとても心強かったです。」
東温市で出会い、手作りの結婚式&披露宴
着任してすぐに出会ったという晴絵さんと2017年末に結婚、任期2年目の2018年3月にほっこり奥松で挙式し、地域住民からの祝福を受けた。
結婚式と披露宴は、地域の方々がプロデュース。まだ2年目だったが、このことが地域に受け入れてもらったという何よりの証だろう。
森田隊員
「なんだかんだ今でも地域と関われているのは、ほんとうに感謝しているからです。
もちろん厳しい意見を言うこともあるけど、区長の光右衛さんをはじめ、地域の皆さんには返しきれない恩があります。
みんなのできないことをできるだけ引き受ける姿勢は、任期が終わっても変わっていません。」
絶対にやらないつもりだった農業にも挑戦
着任当初は「農業はやりません」ときっぱり決めて、地域づくりに専念していた森田さんだったが、任期後の2020年、地域の方からの紹介で廃園にしようとしていた梨農園を引き継ぐこととなる。地域の方がやっておられたのを参考に、バタフライピーという鮮やかな青色のハーブの栽培も始めた。任期を終えてから就農して約4年間、試行錯誤を繰り返している。
廃棄となる梨のドライフルーツやバタフライピーも商品化
奥松瀬川区長 渡部光右衛さん
「3年間でこの地域で食べて行けるようになるのは難しいことだから・・・。
地域でなんとか用意したいと思っていたけど、自分で次々に事業に取り組んでくれています。
森田くんがきっかけで、協力隊以外の方が地域にかかわってくれる流れもできたと思います。」
東温市役所 桑原和宏さん
「何より嬉しくて印象的なのは、この土地でお相手を見つけて、結婚されてお子さんにも恵まれたことです。そして、現在も集落支援員として地域住民の方々から「この人がいないとダメ」と言われる存在になっています。地域のキーパーソンとして、また地域と行政のパイプ役として、今後もご活躍いただきたいです。」
森田隊員
「家族でここに暮らしているので、娘が野生児のようにすくすく育ってくれたらと思います(笑)
晴絵さんと知り合ったことで子育てなど知らなかった世界を経験させてもらって、自分の視野も広がりました。
今のような感じで、自分で働き方を選べる形は作っていきたい。農業に関しても大変なことはあるけど、今日これを絶対しないといけないということはないので。
家族に何かがあったときに自由に動ける。この形だけは崩さないようにしたいです。」
2019年7月には長女が生まれ、守るべき大切な家族が増えた森田さん。協力隊の任期を終えた後も、さらに頼もしく地域を支え続けている。